binary ghost

どこにでもいて、どこにもいない二進法の幽霊

はじめての男遊び


(前回までのあらすじ)

今起こったことをありのままに話すぜ

強引にファミレスで相席してきた

女性と後日ラーメンを食べに来たが

気づいたらホストクラブで年齢確認をされていた

何を言ってるかわからねえが

俺もわけがわからねえから

聞き流すか一個前の記事読んでくれ

 

あ、あとこの話すんげー長いから

 

※※※

 

 

 

「待ってください、私はお酒が飲めません」

「飲めなくてもへーきだよー」

「でもラーメンは…」

「飲んだあとのラーメン最高に美味しいから!」

「じゃあ飲めない私にとっては普通のラーメンじゃないですか」

「まぁまぁ何事も経験!」

 

水を得た魚のようなセリさん

一方、いつまでも着席しない私を困ったように見つめる店員さん

 

「とりあえず、座ってください

お酒無理矢理飲ませたりしませんから」

と、促され

奥の隅に陣取ったが、左から男性が詰め寄ってきてしまい

真ん中に戻された

 

「ごめんなさい、隣いやですか?」

「いえ、すみません人見知りなもので」

「そうなんだ、実は僕も」

「はぁ...(あなたは人見知りしてはいけない職業なのでは)」

「改めて隣いいですか?よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

隣に座ったりょうたさんと言う人は

少し小柄だがとても容姿端麗なさわやか好青年で

まだホストを始めたばかりらしい

 

「お二人のお名前きいちゃっていーかな?」

セリさんの隣に座った男性は

なんだか龍が如くに出てきてもおかしくなさそうな

ちょっとギラついた男性だが、物腰は柔らかかった

 

「セリにゃんでーす」とにこやかに自己紹介をするセリさん

すごいな、常連さんなのかな

とても堂に入っている

 

「セリにゃんかー、可愛い名前だね

俺のタイプー!」

 

おおお、すごい

絵に描いて額に入れて美術館のどセンターに飾ったような

ホストと客の会話だ!

 

私は少し感動していた

このベタなかんじに見惚れていた

 

「ねー、そちらのお姉さんも名前きいていい?」

「あ、はい!⚪本です」

「ちょっと苗字って嘘だろ(笑)」

「嘘ではありません、本名です」

「いや、そうじゃなくて」

 

なるほど、知らなかった

ホストクラブではファーストネームを名乗った方が良いらしい

今後、ホストクラブデビューを画策なさっている方

是非ご留意なされい

そして俺の屍を越えてゆけ

 

「あの、下の名前は教えてもらえませんか?」

りょうたさんが、おずおずと声をかけてきた

 

「ぬいと申します」

「ぬいちゃん、て呼んでいいですか」

「ど、どうぞ」

「あ、あの、俺まだ名刺出来てなくて」

「そうでしたか、お気遣いなく」

名刺の話題となったので

私が自分の名刺を差し出すと

龍が如くが笑いだした

 

どうやら、ここでは名刺交換はしないらしく 一方的に頂くのがお作法らしい

それでも、りょうたさんは私の名刺を受け取り 

「ありがとう、大切にします」

と、微笑んでくれた 

 

 

 

龍が如くとセリさんが

前世からの恋人のように熱いトークを見せる中

私とりょうたさんは、互いに気まずいひと時を過ごした

本当に申し訳なかった

 

対局のふたりは、ソファの反対はじの

薄暗いところで腕をからませ

どうやったらそんだけATフィールド解除できるんだと言うほど

密着して楽しそうに話す中

 

私とりょうたさんは、膝が触れないよう距離をとり

互いに背筋を伸ばして向かい合い

「週末はどんなことをしていますか」

「掃除と日用品の買い出しです」

「趣味はなんですか」

「読書です」 

「好きな動物はなんですか」

「猫です」

 

バイトと面接官のような時間をすごした

 

いつまで経ってもニコリともしない私に

おそらくりょうたさんはとても疲れたと思うが

それでも趣味でサーフィンをやっているようで

その話を楽しそうに語ってくれたし

可愛い猫の写真をいっぱい見せてくれた

いい人だな、と感動した

 

しばらくすると、何名かの男性が近寄ってきて

それに気づいたりょうたさんと、龍が如く

ぐっとグラスを飲み干す

 

「残念だけど、移動しなきゃいけないんです、よかったらまたお話してください」

 

私の一向に減っていないウーロン茶に

コツンとグラスを当て、りょうたさんは立ち上がった

どうやらお店の人というのは、入れ代わり立ち代わりするらしい

 

これはコミュ障殺しやな、と

冷や汗をかきながら唾を飲み込んだ

 

 

次にやってきたのは、カラコン金髪

服を着る気があるんだかないんだかわからない

胸のボタンが三つほど開いた

眉毛の角度がすごい鋭利な男性だった

「すごいかっこいいシーサー」という感じだ

 

 

「はーい、今夜俺と出会えておめでとう

俺はジュキア、んで、お姫様あんた名前は?」

おおお、キャラ作ってきたなぁ

さっきのりょうたさんと、うってかわって

だいぶ上から、気だるげに来なさる

 

これがオラオラ営業というやつかな

 

「⚪本です」

「苗字じゃなくて名前言えよ(笑)

よろしくぅ⚪本、俺の名刺ほしい?

でもあーげない、と見せかけて…

今日だけ特別な?」

 

なんか、ぜったいカードバトルだったら

強そうな名刺が出てきた

すげーキラッキラのゴッテゴテだ

私の名刺じゃ、瞬殺されるぞこりゃ

 

片面には名前と電話番号とLINE

もう片面はこれでもかと薔薇をあしらった

彼の半裸の写真で

「この名刺すぅーごい高いんだから

初回のお客さんになんて上げないんだよー?

⚪本は割と好みのタイプだし、ちょっとだけ特別ね」

バチーンとウインクされる

 

すげー!これまたギットギトのホストだ!

なんというか、好みとか置いといて

「ああ、いま私はシーサーみてるようでホスト見てるんだなぁ」と、感慨深い気持ちが再び込み上げた

 

ジュキアさんは、上昇志向が強く 

負けず嫌いで、ナルシストだそうだ

私も負けず嫌いなところがあるので

どっちが負けず嫌いか勝負したろやないかい、と何らかの勝負を挑もうとした時

突如照明が落ちて、ミラーボールが回り出した

 

どこか、他のテーブルの女性が

シャンパンタワーなるものを入れたらしい

「ホストはじめてなんだって?

いきなりシャンコ(シャンパンコールのことらしい)見れてラッキーじゃん」

 

へー、そうかラッキーなのか…

とりあえず左の眼前でうずたかく積まれた

シャンパンタワーを囲み

マイクで音頭をとる男性にあわせて

身振り手振りしながら声をあげる男性をみていたが

 

正直にいうと

「他校の文化祭を見に来て、

他校の中だけで流行ってるノリを見せられているよう」

だった

 

キラキラと光る光景はとても綺麗だったが

なんというか…ひとえに

感性の違いというものを

まざまざと見せつけられた気がした

 

そして、薄暗い店内では

泣いてホストの膝にすがりつく女性

無闇矢鱈とはしゃいでお金をばらまく女性

女王様のように、ふんぞりかえって男性を顎で使う女性

もっと恥じらいをもて!家でやれ!という程にイチャつく女性

 

色んな人が、時々あたるライトに照らされて

 

「うわー、この世の地獄かよ」と、思った

 

皆さんお寂しいのだろうか

でも、お金を使ってかりそめの一夜を過ごすより

家で焦がしたフライパンでも磨いた方が、確実に結果も出て

精神衛生上良いのではないだろうか…

いや、余計なお世話か

 

なんとも言えない気持ちだった

 

 

「なんだかすごいですねセリさん…」

「私のような日影の虫にはちょっと光度が高いというか」

「いやでも人生で一度くらいは見れてよかったです」

 

何度呼びかけてもセリさんからはレスポンスがなかった

部屋は真っ暗、所々ミラーボールとか

レーザーでチカチカ

なんかもうよくわからない状態だったが

目を凝らすとそこには、ジュキア氏と一緒にテーブルに来た

ちょっとヒラメ(名前忘れた)に似た男性と、セリさんが

体をまさぐりあいながら

べろべろと舌を絡ませ合っていた

 

 

おめえもか!!!

セリさん!

龍が如くはどうしたんですか!!

あんなに仲睦まじくしていたのに!!

 

と、また胸中で叫んでいたが

もちろん届く訳もなく

お二人の箱根アモーレの鐘はより一層鳴り響くばかりなので

私は見なかったことにして正面を向き直り

ウーロン茶を浴びるように飲んだ

 

「なぁ⚪本、俺らもちゅーする?」

「絶対しません」

「俺とちゅーできるんだよ?」

「身に余る光栄ですが私如きには荷が重すぎます」

「しといた方がいいんじゃない?」

「私生まれてから一回も歯を磨いたことないんでやめといたほうがいいですよ」

「マジかよ、逆にしてみたいわ」

「今日はお日柄が悪いんでやめときます」

「じゃあLINEか番号交換しようよ」

「あ、私まだキッズ携帯なんで会社と実家とおばあちゃんちにしかかけられないんです」

 

照明が落ちている間、暇なシーサーに

からかわれ続け、私は攻防戦にすっかり疲弊した

 

 

シーサーとヒラメが去ったあと

私の頭には「帰りたい」の文字だけが

深く深く刻まれ

 

次に席に着いて下さった

少し大柄な優しそうな男性のことは

茎わかめが大好きだけどスジが歯に挟まることにイライラする」

と、いう大変共感を呼ぶ話をして下さったことしか覚えられなかった

名前すら忘れてしまった、大変申し訳ない

優しそうな人

 

そして、優しそうな人と一緒に来た

お洒落なテナガエビみたいな人とも

セリさんはべろべろしていた

私はまた心を閉ざすしか方法が見当たらなかった

 

ここらへんで、私は

「送り指名」というものについて説明をうける

 

なんでも、お客様が退店する時に

一人だけお気に入りを選び

見送りをさせるらしい

 

「心の底からいらねぇ、そっと帰らせてくれ」

と、思ったがそういうわけにもいかないらしい

これが「お作法」なのだ

 

 

「すみません…御手洗はどちらでしょうか」

疲弊しつくして、よろよろと立ち上がり

やっと一人になれる場所にたどり着いた

 

こんなにトイレが素敵と思ったことがあっただろうか

深く深呼吸すると、さわやかサワデーな香りすら心地よい

もう一生ここにいたい

 

しかし、そういう訳にもいかず

また再び阿鼻叫喚の地獄へ、意を決して戻るべく扉をあけると

そこには、先程のりょうたさんが待っていた

 

「おしぼりです、どうぞ」

 

これ嬉しいのーーー!

トイレ出た瞬間、男性からおしぼり渡されるシチュエーション

喜ぶ女いるのーーー!

 

「なんか嫌だなぁ」と思いつつ

頭を下げておしぼりを受け取ると

 

「あの、名刺まだないけど

僕の連絡先も貰ってくれませんか

あと、先程の連絡先、電話とかしてもいいですか」

 

りょうたさんは、そう言って手書きのメモをくれた

LINEと電話番号が書かれていた

 

りょうたさん、あなたは

トイレの次に、この空間で落ち着きます…

あなたの存在にありがとう

でも、私もうこねーけど

 

 

席に戻る途中、シーサーに

LINEだけでも交換しよーぜ

りょうたは良くて俺はダメなのかよー!と絡まれたので

静かにうなづいておいた

 

そのまま気配を消して、席に戻ると

また新しい男性がいて、名刺を渡されたが

あとはひたすらじっと

アルトバイエルンおいしいなとか

お母さんのカレー食べたいから来週実家に行こうとか

楽しいことを考えて、身体的機能は停止させ

苦行に耐えていると

 

「送りの指名をお願いします」

 

やっと現世へ帰れる瞬間が来た

 

セリさんは、べろべろに酔っ払いながら

まだちゅっちゅしていたが

舌の相性がよかった、というヒラメ氏を、

私は言わずもがなりょうたさんを指名した

 

「セリにゃーんありがとう」

セリさんを迎えに来たヒラメ氏が

熱い抱擁のまま、彼女のカバンなどを持って

エレベーターホールにエスコート

 

ま、待って、おいてかないで!

途端に恐ろしくなって慌てて追いかけようと

自分のカバンを引っ掴んで立ち上がると

 

「ぬいちゃん、指名してくれると思わなかった!ありがとう

ぬいちゃんは僕とゆっくりいこう」

 

そばで控えていたりょうたさんに止められた

 

「え、でも、あの、エレベーター…

一回で全員乗れますし、その方が効率もいいし電気代の節約にもなりますよ」

「エレベーターの電気代まで気にしてくれたお客さんは初めて見たよ」

 

聞くと、この送りという行為は

ホストと客の最後の大切な二人っきりの時間らしく

ここで、あーでもねーこーでもねー

男女の駆け引きというやつが行われるらしく

単純に言うと私は邪魔らしい

 

出口に差し掛かり、チラリと見えたが

なるほど、確かに、セリさんとヒラメ氏は体を添わせて

なにやら密談をしている

 

「ぬいちゃんのカバン持たせて」

「あ、いえ大丈夫です重いので」

「じゃあ、余計もつよ」

「い、いえ、いつもなら片腕50キロのリストバンドを付けているくらいで

私にはこれでも物足りないくらいです」

「ぬいちゃんは嘘が下手過ぎない?」

 

エレベーターを待ちながら

公序良俗に反するセリさんたちを見ないようにしながら

りょうたさんへの体面を保ちながら

もうすぐやってくる解放の瞬間を

誘拐された人質の如く待っていた

 

「疲れましたか?顔にそう書いてある」

「い、いや、楽しかったですよ…たぶん、初めてだらけで混乱はしましたが」

「ほんとですか?ならよかった

エレベーター来たみたい、僕らも次乗るから行きましょう」

 

ちょうどエレベーターが閉まる瞬間見たけど

セリさんたちは「街中で見たら通報」みたいな感じで絡み合っていた

 

まぁ、こういう世界もある事が知れて

今日はよかった

一つ勉強になったな、と噛み締めた

 

すると、降りていくエレベーターを追いかけるホスト何名かが

すごい勢いで階段を駆け下りていく

 

セリさんが忘れ物でもしたのであれば

私が預かるのに、と声をかけようとすると

「送りに指名されなかったホストは、ああやって階段で一階まで降りて

お見送りをするために待機するんです」

 

りょうたさんが教えてくれた

 

お客さんと酒を浴びるほど飲み

泣かれたり暴れられたりの無理難題に耐え

挙句、階段ダッシュ(ここは6階)

そしてお客様が見えなくなるまで見送って

エレベーターは使わず戻る

 

 

つくづく体力を使う、大変なお仕事なんだなと感心したあたりで

再び昇ってきたエレベーターが口を開く

 

 

乗り込む際に

「手を繋いでもいいですか?」

と、聞かれたが

私の手汗には毒物が大量に含まれているので危険だといって、断った

 

普段は、悲喜交々

喜怒哀楽、いろんな感情を乗せて運ぶのであろうエレベーターは

単なる無機質な箱に戻り、粛々と私たちを一階へ運んでくれた

 

 

「はーなーれーたーくーなぁーいー」

「セリにゃーんおれもー」

 

一階では、ズラリと並んだホストと

予想通りまだ絡み合ったセリさんたちが

通り過ぎる人達に、好奇の視線を浴びせられていたが

セリさんが満足するのがいつかわからないので

 

「私は見送られるのが嫌いです、皆さんエレベーターに乗って、私に店に戻ったと分かるようにもう行って」

と、並ぶホスト陣を店に帰し

 

乗り切れなかったりょうたさん、ヒラメ氏に

お世話になりましたと挨拶し

再度戻ってきたエレベーターに彼らを押し込んで

ひと仕事おわった

 

また来ようとは思わない

私とは水が合わない場所だった

しかし良い経験をさせてもらったなと

セリさんにも感謝した

 

 

余談だが、このあと

また騙されて、もう一軒ホストクラブに連れていかれ 

そこでは日本語があまり喋れないフリをして過ごした

 

そして、その後やっと食べたラーメンは

駅のガード下の屋台のふつーのラーメンだった

うまくもまずくもなかった

 

りょうたさんからは、たいへん丁寧なお礼の電話を頂き

何度か食事に誘って頂いたが、行くことは無く

セリさんとはその後、二度ほど食事に行ったが

2軒目に行った店のホストと、ある日行方をくらまして以来、会っていない