binary ghost

どこにでもいて、どこにもいない二進法の幽霊

私が宇宙へ行った時のこと

 

会社のとある事業所の昼休み

社食の入口に

保険屋さんの女の人がに営業にくる

 

お年の割にはキレイな人で

いつも小綺麗にしてるし

30過ぎた息子さんがいるようには見えないし

なんとお孫さんまでいるという

 

その女性(Sさん)は、ご主人の暴力で離婚して

女手一つで息子さんを育てられたことまで知れ渡っており

しかも私の上司(息子さんと同い年くらい)と付き合っているらしい

 

「すげーなー」くらいにしか思わなかったが

ある日、その人に突然話しかけられた

 

「こんにちは!

K主任(当時の上司)のところのぬいちゃんて、あなた?

腰まで髪を伸ばした

無表情な女の子って聞いて、貴女かなと思って」

 

「いかにも、拙者ぬいちゃんと申す」

(もちろんこんな事は言っていない

コミュ障らしく、そそそそうです…と答えた)

 

「ごめんなさいね、突然話しかけて

割と最近御家族に、ご不幸があったって聞いて…お悔やみ申し上げます」

 

「あ、それはどうも…

わざわざありがとうございます」

 

「特徴が無表情なんて女の子に失礼よねぇ

大切な御家族亡くされたら

無表情なんて当たり前だわ…大変だったわね」

 

「はぁ…どうも…(無表情は子どもん時からなんすけどね)」

 

当時家族を亡くして半年ほどの私には

よくある会話だったので

ぺこっと頭をさげるだけで

その場を去ろうとすると

 

「なにか…仕組まれたものを感じるの」

 

そう言って行く手を阻まれ

「これからもっと良くないことが起こるかもしれないわ

私についてきてくれないかしら」と

切羽詰まった表情で、語りかけられた

 

「なにいってんだこいつクスリか?」

それが正直な感想だったが

なんか「仕組まれる」ってのが面白くて

一瞬ひるんだ

誰が何を仕組んだらこうなるというのか

 

 

「この世に起こる全てのことはね、宇宙の大いなる意思によって

定められ、仕組まれているの」

 

「へー、そうなんですね」

 

「自分という魂のステージを修行で高めることによって

悪いものから遠ざかることだって出来るのよ」

 

「へー、そうなんすね」

 

「あなたには、つらい経験だったでしょうけど、もうこれ以上不幸は連鎖させたくないわよね」

 

「それよか、昼飯食いたいっす」(飽きてきた)

 

「あ、そうよね、お昼休みですもんね

でもね、あなたには、必要な話なの

よかったら今度の休日に

私たちの修行を見にこない?」

 

「え!いいの?いきます!!!」

 

 

見てみたかったのだ

そういうワケのわからん修行とかを

本気でやってる人を(失礼)

 

 

てっきり土日のどちらかを潰されるかと思ったが

 

突然後ろからK主任がでてきて

「それなら午後から行っておいでよ

仕事のことはうまくやっておくから

僕の用で客先に行ってもらった事にしよう

ついでに、Sさんと美味しいもの食べておいで」

と、一万円を彼女に渡した

 

え、そんなんアリなの?

仕事サボって主任の金で寿司食べていいの?

(別に寿司とは言ってないが)

 

私はこんなうまい話もあるんだなと思ったが

突然スマホが震えだし

通知を見ると、割と仲の良いN先輩からで

食堂の少し離れた場所から、こちらを見ている

 

「やめとけ、そいつらしつこいぞ、

インチキ臭い宗教だ、怪我や病気や不幸のあった

若手ばっか狙って声掛けてくる」

 

心配してくれたみたいだ

私は先輩に

「貴重なご忠告ありがとうございます!」と返して

Sさんの車に乗り込みにいった

 

先輩は「なにやってんだよ!」とすぐまた連絡を寄越し

かなり焦っていたが

見たいもんは見たいのだ

知りたくなってしまったのだから、行くしかない

虎穴に入らずんば虎子を得ずなのだ

「寿司だけおごってもらってきます」

と、返事をしてスマホはカバンにしまう

 

 

「とりあえず何か食べましょうか

ぬいちゃん何がいいかしら」

 

なんだかSさんはとても嬉しそうだったので

私も元気いっぱい無表情で答えた

「寿司!」と

 

 

高級そうな革張りのシートに揺られ

仕事さぼって昼間から人の金で寿司…

 

最高ヘブンだった

 

Sさんはずっとにこにこしながら 

「これから一緒に宇宙を見ましょう」とか

「あなたからは清浄な気を感じるわ、宇宙に愛されている人なのね」とか

宇宙の話ばかりしていたので

 

その隙にむせっけえるようなトロと

脂のしたたりそうなサーモンを

たらふく食べておいた

私に清浄な気とかあるわけないだろ

プラズマクラスターだって私が近寄ると

急に出力あげるというのに

 

 

しかし宇宙すんばらしーなもう

いやぁ、ほんとなにこれ

人の金で食う寿司の美味さって天井知らず

 

 結局一万円じゃ全然足りなくて

Sさんが残りは全部払ってくれた

 

いやぁ、いい人もいるもんだなと

素晴らしいランチに感謝し

いよいよ、修行見学へと向かった

 

 

 

 

車が止まったその建物は

真っ白のふつーのビルで

見た感じ怪しさは全然なくて

「大きめの公民館」ってかんじだった

 

受付に一人、可愛らしい妙齢の女性が座っていて

「こんにちは」と、声をかけられる

 

頭を下げながら、入口で靴を脱いで

見回してみると

意外と景気がよさそうな装飾品と

大きな生け花が飾られていて

構造上、奥までは見えない

 

「ぬいちゃん、こっちで手を洗ってね」

 

促されるまま、手を洗い

懐紙?のようなものを渡され

そこに名前を書いて、箱にいれ

箱の上に垂れ下がった大きめの鈴を鳴らす

 

「ぬいちゃんが来たことを神様に知って頂くのよ」

 

「へー…」

(神様なのに知らせないとわかんないんだ…)

 

おなかいっぱいで、眠いなぁ

どうせこっからだるい話を聞かされるんだろうし

この眠気はなかなか辛そうですぞ!

 

と、少し憂鬱になりながら

くねくねの階段をのぼって、開けた場所に出ると

そこはかなり広い畳敷きの部屋で

普通の小学校の体育館の、半分近くあるような場所だった

 

二階分くらい打ち抜いてあって

天井が高くて、きっちりと等間隔で

マットレスが敷かれており

「すごくキレイな難民キャンプ」というかんじ

 

奥には小さな舞台があって

その上には、仏像が鎮座している

(でもなんの像かはわからない) 

 

修行というからには、もっとなんか

みんなで組手とかしたり

頭に変なもんつけて座禅組んだり

啓蒙するぞ!とか叫んだり

カルビーコンソメのように

パンチの効いたことをしているかと思ったけど

 

仏像の前でずっと手を合わせる人と

はじっこでお茶飲んでる人と

点々と散らばって、マットレスで寝てる人と

その寝てる人に手をかざしてる人

 

そのどれもがお年寄りで

「なんかあっても素手でいけるな」

と、いうかんじだった

 

「S井△子です!ただいま帰りました!」

 

突然、Sさんがバカでかい声をあげながら

その場に膝をついて頭を下げると

おじいちゃん、おばあちゃんから

拍手があがった

 

「ぬいちゃん、自分の名前を大きな声で

それと最後にお邪魔します、とつけて」

 

小声で指示されたので

私も隣に膝をつき

 

「⚪本ぬいです!お邪魔します!」

 

ハキハキと大きな声で(当社比)挨拶すると

「よくきたね、ぬいちゃん」

「よろしくね、ぬいちゃん」

「まぁまぁなんて素晴らしい気をお持ちのお嬢さんかしら」

「まるで天女さんのようだわ」

 

私はここでぴーんときた

 

こいつらウソつきだ

私にそんなに褒められた部分があってたまるか

 

「人を呪い殺せそう」

とは言われても、天女さんなどと言われたことは

生まれてこの方一度もない

 

しかし、にこにこと微笑みながら

周りを囲む老人達を

いきなり投げ飛ばしたり

床に叩きつけるわけにもいかないので

 

「皆さんお上手」

と言ってニヤリとしてみせた

 

ばあさんの中の一人は確実に引いていた

 

 

「まずは神様にご挨拶しましょう」と

仏像の前に連れていかれ座らされたので

 

「Hi.hello! I'm glad to see  you!」と声をかけてみると

「あ、いや心の中で…日本語でいいのよ」と諌められた

 

英語は通じないらしい

 

心の中でとりあえず

「お寿司おいしかったです、とってもすっごくありがとう」と

お礼を言ってみた

 

次に窓際のマットレスに横になるよう指示され

素直に横になると

一人のおばあちゃんが私の傍らに座り

「こんにちは

あなたのように清らかな人にはね

その輝きに引き寄せられて足をひっぱる

悪いものもつきやすいのよ

あなた、人が死ぬ場面とかよく見ない?」

 

そう言って私の髪を撫でるので

 

「電車の飛び込み自殺なら三度

刺殺された人と、首吊り自殺を一度ずつ

半年前には家族が事故で亡くなりもしましたし

特技は重要参考人ですね

捜査官とはもうマブっすよ

まーた死体みっけたのー?

警察犬になればwwwとかいわれます」

 

素直に答えると

またこの婆さんも引いていたが

 

「あなたの周りに不幸が多いのは

あなたのせいじゃないわ、さあ目を閉じて」

 

そういってマッサージをはじめた

 

昼間っから仕事さぼって

人の金で寿司食って

老人に肩を揉ませて横になる

ダメ野郎のいっちょあがりですしおすしおいしいですし

 

おばあさんのマッサージは

控えめに言って最高だった

 

開始五分、ふと気がつくと

とても不思議なことが起きた

 

時計が二時間も進んでいるのだ

 

たぶん宇宙のせいだと思う

 

私が宇宙に行っていたせいで

地球との時差が生まれてしまったのであろう

 

口からヨダレに似たモノも出ている 

これは、アレだ多分液状化したダークマターであろう

あ、やべえマットレスにもついてる 

バレないようにふいとこ

 

私が瞬時に宇宙へ飛べることが

NASAとかJAXAにバレると

たぶん人体実験とかされちゃって

閉じ込められて一生お寿司とか食べさせて貰えなくなるので

神速で液体をふきとり

少し振り向いてみると

 

一人だったはずのばあさんは

三人に増えていて

肩、腰、足がとても軽くなっていた

 

宇宙に行って帰ってくると

ばあさんというものは質量保存の法則を無視するらしい

 

次から次へと起こる奇跡

宇宙スゲー…と思った

 

私が宇宙から帰還した事が分かると

「お疲れ様ぬいちゃん、私の気を沢山送っておいたわ」

 

ばあさんたちは笑顔で

今度は部屋の対角線で

車座で座るじいさんのもとへ

私を連れていった

 

真ん中に座るボスっぽいじいさんは偉い人らしく

みんなにやたらペコペコされていた

 

「言葉など必要のない

気を使っての交流で、ここの人間の良さがわかって貰えたと思うんだが

気分はどうかな?ぬいちゃん」

 

ボスじいが自信たっぷりに話しかけてくるので

「I feel so goooood !

I had a very valuable experience! !」

 

私の思いも気で感じて貰おうと

あえて英語にすると

 

「あ、うん…そう…」

 

ボスじいさんには、伝わったようだった

そこから15分ほど

宇宙についての大変ありがたいお話を頂戴したのだが

残念なことに私はたまに

脳内で突然テトリスが始まってしまう深刻な病にかかっていて

どうしても六面がクリアできないまま

ボっさんのご高説は終わりを迎えてしまった

 

そのあとは、Sさんと二人で

いくつか並んだ応接ブースっぽいとこに座り

お茶を飲むことに

 

「本当はタリーズエクセルシオールがいい」と思ったが

ここは、持ち前の慎み深さで我慢だ

 

「ぬいちゃんどうだった?」 

「とてもよい午後になりました!」 

「ほんと?うれしいわ」

「酷い肩こりだったのも今はすごく楽です」

「気の乱れが正常化されたのね!」

「かもしれませんね!」

「あ、よかったら、お菓子も沢山たべて」

「はい!いただきます!」

 

わたしは両手にカントリーマアムを持ち

もりもりいった

 

やっぱカントリーマアムはバニラだな…

と強く噛み締めていると

 

「まぁぁ!こちらのお嬢さんはだれ!?

遠くからでも一目でわかったわ!

仕組まれた子だと!!!」

 

もう80はすぎていそうな

すごく派手なおばあさんが

けたたましくやってきて

 

「Sちゃんが、連れていらしたの?

すごいわ、宇宙も憎いことするわね」

 

そういってSさんの横に腰掛けた

 

「もんにちは、⚪本ぬいれす、本日ふぁお邪魔しておりまふまふ」

 

カントリーマアムが止まらねえ

派手なおばあさんはテンションがうなぎのぼりだが

こっちは血糖値がうなぎのぼりだ

 

「ぬいちゃん、もし気に入ってくれたのなら

ここに入って修行してみない?」

「え?毎日揉んでもらえるんですか?」

「気を送れるのは修行を積んで資格を得た人だけなのよ」

「へー、じゃあ当分は揉まれるしか出来ないんすね!」

「ふふふ、そうね!」

 

毎日カントリーマアムも食えるのか

聞きたかったがやめておいた

 

なんと慎み深い女性だろう私というやつは

 

「でも、わたしスパゲティモンスター教徒なんですが大丈夫ですか?」

「ここは宗教ではないのよ、だから大丈夫」

「へー、宗教法人の税金のやすさを利用されてないんですか?」

「え、あ、いや…そこらへんは私にはよく…」

「あ、アイスコーヒーおかわりもらっていいですか」

「もちろん、あぁ、お菓子も追加するわね」

 

テーブルには、ハッピーターン

大量に持ってこられた

こいつらのセンスにはグウの音もでねえ

ハッピーターンだいしゅきぃぃ!

 

 

「まず入会にあたってなんだけど

三日間の泊まり込みの修行があってね

その後に宇宙の力が詰まった、この石を購入してもらうことになるの」

 

Sさんは大事そうに胸元からペンダントを引きずり出した

ちょっと御遠慮願いたいデザインで

石がはめこまれていた

 

「わたし、実家の父がうるさくて(実家ぐらしとはいってない)

泊まりは無理なんですよ

それに…その石もお高いんでしょう?」

 

ハッピーパウダーを存分に味わい

またカントリーマアムにもどりながら尋ねると

「ローンもあるのよ

それに高いといっても三万円程度なの」

 

なんかカタログみたいのでてきた

 

「へー、意外とお安いんですね」

 

私の反応に気を良くしたSさんは

満面の笑顔で

「じゃあ…!」と身を乗り出してきたので

 

 

「今日のところは、一旦持ち帰らせて頂いて

検討させてもらいますね

またお昼ご飯でもご一緒しながら

ゆっくりお話しましょうよ、今日みたいに。

 

興味があるからこそ、じっくり吟味したいんです

真実をご存知の皆さんは、きっと結論を急がれたりしませんでしょ?」

 

「でも一刻も早い方がいいわ」

派手なばーさんと、追加のカントリーマアムを

もってきてくれたニューばあさんも

こちらへ身を乗り出す

 

「わかりました!では

明日にでもお返事させて頂きますね」

 

「う、うん…じゃあ明日また会社に伺うわね…」

 

「はい!では今日はこれで失礼します!

お姉様がた、たくさん親切なおもてなしを頂いて誠に恐れ入ります!」

 

最後にきたニューばあさんが

「あ…せっかくだからこれもってって」と

カントリーマアムをくれたので

ありがとうございます!とお礼をいって

カバンにガッサーつめこんだ

 

「では!近いうちにまた」

そういって席を立つと

 

「ぬいちゃんまたきてね」

「ぬいちゃんにまた、あいたいよ」

口々に惜別の言葉を呟くおばあさんたちが

私を見送ってくれた

 

「駅まで送るわね」と

Sさんも出てきてくれたので

「いえ、このまま行くところがあるので

ここで失礼します」

そういって、ちょうど通りがかったタクシーを止めて

さっさと乗り込んだ

 

もちろん行くところがあるのは本当だ

 

エクセルシオールロイヤルミルクティー飲みたいのだ

 

 

寿司、昼寝、マッサージ、テトリス、ミルクティー

最高の一日だった

 

 

翌日の朝、主任をよくみてみると

ボタンの隙間からSさんと同じペンダントをしているのが見えた

 

昼休み、Sさんに会うと

駆け寄ってきてくれたので

「父に大反対にあいました

絶対に、泊まり込みはダメだと…

でも、お昼ご飯ならいつでも声掛けてくださいね!」

そう告げて頭を下げさっさと食堂にはいった

 

Sさんは規定で食堂には入ってはいけないらしい

追ってはこなかった

 

そのあと、毎日電話はあったが

残念なことに手が離せなくて出られず

 

主任からも少しつつかれたが

総務最強といわれるお姉様に

私が毎日カントリーマアムを差し入れに行き

大変可愛がっていただけるようになって

お姉様の口からから「ぬいちゃんに変なこと勧めてないでしょうね?」と

聞いて頂いただけで事態は収束した

 

忠告をくれたN先輩からは

「どんくさいわりにやるな」と

お褒めの言葉を頂けたので、割と満足している

 

 

結論、カントリーマアムは絶対バニラ。