binary ghost

どこにでもいて、どこにもいない二進法の幽霊

迷子大集合

 

台風でなかなかの被害を受けた地域に住んでいるせいか

未だに道のそこここに倒木が転がり

処理しきれていない残骸が散らばり

公園の遊具などは半分使えないまま

遊び場に溢れた幼児たちが

まともに乗れるブランコを求めてジプシー化したり

奥様に子供とたまには遊んでちょうだい!

その間に掃除機かけちゃうから!と

家を追い出されたお父さんたち(予想)が

遊具代わりによじ登られて

みんなやめてえええおじさん腰痛もちなのおおお!と

叫んでいる姿が散見される。

 

 

私はというとあと二段階ほど

変身を残した

まだまだ未熟なひきこもりなので

たまに仕事の合間にコンビニでコーヒー買って

公園で、気分転換したりしている。

 

そこで、四人の幼児に出会った。

 

一人はメアちゃん?ネヤちゃん?

(聞き取れない、仮にメアちゃんとしておく)

とりあえずそう名乗って

あとの3人はまだ聞いても名乗ることすらできない

生まれた年数も美輪明宏さんなら

「誤差」とおっしゃいそうな年端もいかぬ子供たち。

 

そのうちの一人はメアちゃんの弟で

タクトくんだと教えてくれた。

 

「おねえちゃんひとりなの?」

 

「そうだよ、おねえさんは一人で休憩をしています」

 

「きゅうけいってなに」

 

「お仕事疲れたからおやすみじかんなの」

 

「どうしてひとりなの?お友達いないの?」

 

「おねえさんショックすぎて二の句が告げません

本当のことはやんわり言ってあげるのがマナーですよ」

 

「メアたちがお友達になってあげようか」

 

「あ、ありがとうございます

でもパパやママはどうしたんですか

心配しますよ」

 

「ママたち迷子になっちゃったー!」

 

視点が変わると物事も変わるいい例ですな。

 

「ネアちゃんたちが迷子じゃない?

ママ探してるとおもいますよ」

 

「ママがまいご!!ネアもうすぐ四才だし!

まいごとかなんないし!」

 

「これは失礼しました、ママ寂しくて

泣いちゃってるかもしれませんね、探しましょう」

 

「まったく世話がやけるママなんだからぁー」

 

 

ママが言いたいこと代弁してあげるなんて。

 

 

「みなさん、おうちは近所ですか?」

 

「ネアとタクトは同じおうちー」

 

「それはなんとなく察しがついていました」

 

「この子とー、この子は知らないおうち

名前も知らないから

りんご姫とみかん姫ってよんでる」

 

「え!!お友達じゃないんですか?!」

 

「さっきあひるちゃん見に行った公園で

お友達になったの」

 

「なるほど、初対面ですね」

 

「ブランコのりたい」

 

「唐突すぎです、ここのブランコ基礎が浮いちゃってて

修理の手もまわらないので閉鎖されてますよ」

 

「ここもだめなのー!なんでー!」

 

どうやら彼女たちは

最近よく見る公園ジプシーで

大方お母さんが目を離したすきに

野良化したようだ

 

「おああん!てりっ」

 

「え?」

 

てりってなんだろう。

無口なタクトくんが

謎の呪文をつぶやいた。

 

「タクトはおねえさんおしっこしたいっていってる」

 

ネアちゃんの通訳ありがたい。

 

縁もゆかりも無い男児をトイレに連れてって

わいせつ行為とかで逮捕されないか

ビクビクしたけれど

公園のトイレはすぐそこなので

手早く済ませてなんでもない顔をすることにした。

 

「ネアちゃん、一緒に来て貰えますか」

 

「いいよー」

 

「なー(としか聞こえない)は、てつぼしゅる」

 

「あるはコウモリできる、みてて」

 

「大変見たいのですがトイレ終わってからでよいでしょうか」

 

あとの二人は多分間違ってるだろうけど

アルちゃんとナーちゃんということにしておこう。

 

手早くタクトくんをトイレにつれていき

(結局全員ついてきたけど)

近所の交番に電話して

今から連れていくので預かってくれと頼むと

「ぱお!ぱおぱー!」とタクトくんが

はしゃぎ出した。

 

通訳さんの言うことには

パトカーが好きらしい。

 

女の子チームは御手洗だいじょうぶですか?

と尋ねると

「ネア今日はおねパンじゃなくて紙パンだからへーきー」

と、スカートをめくってパンツをみせてくれた。

 

おねパンはトイレトレーニングを終えた

お姉さんが履く布のパンツ

紙パンはおむつのことらしい。

 

「人前でパンツ見せてはいけませんよ」と裾をおろさせ

 

ナーちゃんとアルちゃんも

おしっこでない、というので

みんなで交番に向かった

 

間がもたないので

「あ、むこうにワンワンいますね、かわいいですね」

「パン屋さんおいしそーですね」

「今日はさむいですね」

 

適当に会話していると

 

「そうだ!みんなお友達でしょ!歌を歌おう!」と

ネアちゃんが提案してくれたと同時に

 

あのひのかなーしみーさえ

あのひのくるーしみーさえ

そのすべてをー

あいーしてたー

あなーたーとともーにぃー

 

米津玄師さんを歌い出し

ひとふし歌い終わると

 

「ネアこのお歌昔好きだったのよねぇ」と

ため息をついた

 

お前の昔って

最近しかねーだろ。

 

ネアちゃんに合わせて歌ってるのかもしれないけど

アルちゃんは「まむまむまーみー」

ナーちゃんは「ぼっぼーぼっぼぼー」と

かなりフリースタイルな米津玄師になっていた

 

いろいろと身元の手がかりを

聞き出したかったが

なんとか会話になるのはネアちゃんだけなので

それもうまくいかず

 

とりあえず駅前にたどりつくと

アスナ!ばか!どこにいたの!」と

髪を振り乱した女の人が走ってきた

 

アルちゃんのママらしい。

 

「あー!ままー!」

アルちゃんも嬉しそうに走りよって

お母さんに抱きつくと

いきなりお母さんにパンチした。

 

アルちゃん、いやアスナちゃん

なかなかの武闘派。

 

「向こうの公園で話しかけられたんです

お母様ですか?

一緒にいるこの子たちはご存知ありませんか?」

 

そう尋ねると

お母さんは泣き出しそうな顔をして

すみません本当にご迷惑をおかけしてすみません!

私が荷物持ち替えてるすきにいなくなって

ほんと、生きた心地がしなくて…!

 

残念ながらこのお子さんたちはわかりません

と、アスナちゃんを抱きしめて

ぐしゃぐしゃにしちゃいそうなくらい撫でていた。

 

心配だったのだろう。

 

「もう四人とも交番に連れていく連絡をしちゃったんで

アスナちゃんだけお母さんみつかりましたってて電話しますね

お電話かわっていただくかもしれないんですがよろしいですか?」

 

「お手数かけますほんとにほんとに誘拐だったらどうしようって…

ほんとにすみません!!」

 

「あんまーんまー!」

 

「今アンパンマンはいいの!アスナもお姉さんにありがとうとごめんなさいしなさい!」

 

「あーいえいえ、何もなかったんですから良かったです」

 

警察に連絡すると

それなら三人悪いけど連れてきてもらっていいかなと言われたので

アスナちゃんとママにバイバイして

また交番に向かった

 

「りんご姫のママも迷子だったのねやれやれー」

 

アスナちゃんがりんご姫だったんですね

そして迷子はいつだってあちら

という強硬姿勢私は嫌いじゃありません」

 

「おねえさんは何のお姫様?」

 

「え、なんでしょう…わかりません」

 

「じゃあもものお姫様ね」

 

「もも好きです、そうします」

 

「たた!るーそーじゃ!」

 

「すみませんタクトくん、わかりません」

 

「タクトは竜ソルジャー(竜ソルジャーってなんだ)になるんだって」

 

「かっこいいですなぁー、がんばってください」

 

「おねえさんはしょうらいなにになるのー!

ネアはねー!けーきやさーん!」

 

「あらすてきー、おねえさんは大金持ちになりたいです」

 

「ネアもー!ねあもー!大金持ちのけーきやさんがいい!」

 

「たたとー!」

 

タクトくんも「大金持ちの竜ソルジャー」に路線変更したらしい。

 

みかん姫はいきなりちょっと

ママがいないの思い出して

寂しくなっちゃったらしく

私の足にタックルしてきたので

だっこで連れていった

 

タクトくんも泣いちゃってもおかしくないけど

ネアちゃんが明るいし

「ママが迷子、自分たちは迷子じゃない」で

押し通してくれるので

その雰囲気のまま、交番についた。

 

 

おまわりさんには

一気に四人も迷子拾ったのwww

と、笑われた

 

拾っちゃったもんは仕方ないじゃないか。

 

ネアちゃんが物怖じしないし

タクトくんは交番に興味しんしんだし

みかん姫だけはまだ膝の上でグズついてるけど

お母さんから警察に連絡があったらしくて

すぐ引取りにくると話があったので

交番についた時点でわからないのは

ネアちゃんとタクトくんの身元だけだった

 

心配ではあったけど

お母さんが見つかって

物凄い勢いでお礼言われるのは苦手だし

おまわりさんに任せておけば

寒さも危険もないだろうから、と

一足先に退散しようと立ち上がると

 

「もも姫どこいくの」とネアちゃんに察知されてしまった。

 

「えーと…ももの収穫です、そのあと桃を売りに農協にもいかないといけないので」

 

「ネアもいこっか?」

 

「ネアちゃんたちは、迷子のママが

必ずおまわりさんたすけてーってくるから

ここにいてあげてください」

 

「ほんともーママったら世話がやけるママなんだからー!」

 

さっきも思ったけど

世話がやける、なんて言い回し

よく知ってるな

ママの口癖なのかもしれない。

 

「あの、良かったらご連絡先伺ってもよろしいですか?」

 

警察官に尋ねられたので

「この子達がどうなったか気になるのでそれだけ後で教えてください

でもお母様がたには私の名前も連絡先も教えないでくださいね

何もしてないのでお礼とかされたら困りますから」

 

携帯の番号と名前だけ書いて

「ちょっともも取りにいかなきゃいけないから、みんなまたねー」と

外に出た。

 

 

出たら向こうから、泣きながら

すごい顔で爆走してくる

30くらいのご夫婦が見えた

 

あれがみかん姫のご両親だろう。

 

私はわざとそのご夫婦と反対に歩いて

鉢合わせない道を選び

少し遠回りをして

もう一杯コーヒーを飲んで

仕事でもするか、と帰った。

 

 

しばらく後に

その場にいた婦警さんが電話をくれて

みかん姫の直後に

ネアちゃんと、タクトくんのご両親も

交番に駆け込んできたらしく

全員無事に帰路についたようだ

 

ネアちゃんが

「桃姫がまだ桃がりから帰ってないからここで待つ」と

ごねたようだが

婦警さんが気を利かせて

桃がいっぱいありすぎて、ネアちゃんたちに

今日は先に帰っててと電話があったよと話してくれたらしい

 

ちなみにタクトくんは

桃姫?だれ?しらん。と

それだけハッキリ話したようで

ちょっとさみしい。

 

一時間ちょっとしか

一緒にいなかったけど

友達じゃなかったのかよちくしょー。