binary ghost

どこにでもいて、どこにもいない二進法の幽霊

情報量が多すぎる日

 

海外旅行へいく人に

お願いしてあった

ボディークリームを受け取りに

とある駅前へいった

 

一万円渡して商品を受け取ると

突然彼女が

「駅のトイレにスマホわすれたぁぁぁぁ!」

と言って走り出し

なぜか渡したばかりの一万円札を

ぽいっと放り投げた

 

なんでお金捨てるの?!と焦って

慌てて拾って追いかけると

改札の駅員さんにちょうどスマホを拾いましたと

渡してくれてる女性がいて

その方にお礼を言う彼女に、おいつくと

 

「ごめんスマホ!って思ったら

なんか手に持ってる一万が急に邪魔になって」

バツが悪そうに笑っていたので

「びっくりさせないでよ」と

改めてお金を渡して

 

寒いからお茶でもしますか、と

駅前のファミレスに入った

 

お店はガラガラで

私たちの他には5組もおらず

 

近くに30過ぎくらいのお母さんと

ちょっと小さめの小学生が

食事をしている席に座った

 

静かな店内で、知人と旅行はどうでしたか?なんて話していると

「お前!頭おかしいだろ!」と

ギャンギャン叫ぶ女性の声

 

びっくりしてると

それはその親子連れの母親らしき人だった

 

子供のほうは日本人にしか見えないが

母親の方はなんというか

片言の日本語に、黒髪の人が

自分でやりました、というようなブリーチ

顔はアジアン

 

「マフラー無くした」

「お前頭おかしい」

「お前のパパとママも頭おかしい」

「早く食え!」

「名前書いとけっていっただろ!」

「だから勉強できないんだ!」

 

このどれかを繰り返し延々と叫ぶ女性が

小学生の女の子をどついたり

髪を引っ張ったり

時々急に黙ってスマホを見てニヤニヤしたり

お膳の写真を撮ったり

 

あいつぁやべえ。

お前のパパとママってことは

あいつ母親じゃないんか?

 

小学生の女の子は

綺麗なツヤツヤの髪に

切りそろえられたおさげ髪

シワひとつない、近所の

私立のお嬢様小学校の制服を着ていて

見える場所にはアザもなく

極端に痩せているなどの

ひどいネグレクトをされてる様子は伺えないが

 

手をきちんと揃えて座り

じっとうつむいて

時々ごめんなさい…と謝ったり

何かを説明したり

 

早く食え!といわれると

慌てて箸でうどんをすすり

 

すすりだすと

ちゃんときいてるか!?と怒鳴りつけられ

 

また箸をおいて手を揃えると

早く食べろ!と

今度は口に無理矢理米を詰め込まれ

お前は頭がおかしいと罵られる

 

言っても無駄だ、こいつに話は通じない

そんな気持ちだと思う

小学生は

諦めた表情をしてる。

 

 

連れの知人は

「なにあのオバサン、お茶がまずくなるぅ

しつこすぎるし女の子かわいそ」と

呆れた顔で二人を見ていたが

私はなんかもう全身の血が逆流しそうなほど腹立たしくて

すぐにでもその席に乗り込んでやりたかった。

 

だけど今ここで私が文句を言って

家に帰ってあの女の子が

余計酷いことされるかもしれない

 

マフラー無くしたのって

そんなに重罪なの?

ぶたれるようなことしてなくない?

 

もうお茶も手をつけるの忘れて

その親子にかぶりついていると

突然女の子が頭をはたかれ

「手を洗ってこい」と立たされた。

 

なんか汚してしまったらしい。

 

憂鬱そうに歩く彼女が

御手洗に立ったのを見て

私はカバンをつかんで走っておいかけ

 

同じように見ていた店員の女性も

慌てて走ってきた

 

ちょうど死角になっていて

女からは見えない

 

「急に話しかけてごめんね

あの人、あなたのママなの?」

 

なるべく警戒させないように

膝をついて近寄り過ぎないようにすると

 

「ううん、おばちゃん…

わたしがマフラーなくしたから

おこられてるの」

 

彼女は一回も泣かなかったけど

とても悲しそうに話してくれて

目はうるんで泣く寸前だった。

 

「あのね、マフラー無くしたことは

褒められることではないけど

それでも、わたしには

貴方が叩かれるようなことは

していないと思う

もう30分以上も怒鳴られてるよね?

辛ければ家族じゃない大人の人に

助けてっていっていいんだよ

貴方は頭がおかしくなんかない

私ときちんとお話だってできてる」

 

あまり時間をかけたら、またあの女が

わめきだすだろうから

なるべく時間をかけないように

でも彼女の声を聞きたくて

トイレの前で店員さんと3人で話をした

 

店員さんは「ひどすぎます」と

顔をくしゃくしゃにしていた

 

女の子は結局

「人に言ったら余計おこるから…

心配してくれて

どうもありがとう」と

また憂鬱そうに席へ戻っていった。

 

あんな可愛らしい女の子が

小さいうちから

大人にならざるを得ないのかよ、と

余計腹が立った

 

一緒に話を聞いた店員さんは

極力女の子たちの席の傍にたって

人目があるんだぞ、というアピールをして

女の子は少しだけぶたれる回数が減った

 

それでも女はそのあとも30分以上

計1時間以上も女の子を罵り続けて

うどんなんて、グズグズになっていた

 

何もできないのかと

イライラして

まだ女の子を怒鳴る女を憎らしげに睨み

もーがまんならん

と、席に歩みよると

女の子が

私にむかって不安げな表情を見せた

 

やっぱり余計酷い目にあうんだ。

 

それがわかって

口をひらくのをやめたが

こんなに敵意むき出しなのも珍しいくらい

人に対して「憎い」という気持ちを向け

女を見下ろした

 

女は「お前頭おかしい」を

「貴方は頭がおかしいです」に

言葉は言い換えたが

女の子はそんなもんじゃ

全然救われない。

 

 

店を出て、とりあえず

通報記録を作ろう、と思い立ち

警察に電話をした

 

状況を簡潔に説明して

虐待なのかしつけなのかわかりません

でも親子関係ではない人間だと

トイレに立った当人に聞きました

衆人環視の中で1時間も怒鳴られ続けて

愚弄されつづけて

怪我をしない程度ではありますけど

頭を叩かれたりしています

ただ、興奮させて女の子が余計にひどい目に遭うのが恐ろしくて

場所を伝えるのすら決断がつきません。

と、相談すると

 

勇気ある通報ありがとうございます

何かがあってからでは遅いケースです

どうかおまかせいただけませんか

念の為にでも、と

言ってくれたので

その場を委ねた。

 

あとは、女の子が

酷い目にあいませんようにと

祈るくらいしかできなかった。

 

歯痒くて、もっとなにか

できなかったんだろうかと

自分にもあの女にもイライラした。

 

悔しくて真っ暗な道を

鼻水たらしながら

泣きながら歩いた。

 

私の前に何人か歩いてて

時々ギョッとした顔をされた。

 

恥ずかしかったけど、涙が止まらなかった。

 

 

すると突然、自転車でやってきたおじさんが

う、うわぁぁぁぁぁ!

がまんできないいいいいいい!と

叫びながら

おしっこをもらした。

 

 

さすがにわたしもギョッとしたし

涙は瞬時にかわいた。

 

情報量が多すぎて

普段人と関わらないわたしには

処理できなかった。