binary ghost

どこにでもいて、どこにもいない二進法の幽霊

新しいお友達

 

午後からの休出だったので

滝川主任(仮名)が息子さんの龍星くんと

娘さんの遥香ちゃんを連れてきた

 

奥様は第三子出産のため入院中で

いつもは預かってくれるおばあちゃんたちが

遠方のお葬式にいかないといけなくて

苦肉の策で連れてきたようだ

 

「迷惑かけるけど申し訳ない」と

頭をさげられたが

わたし、こどもだーいすき♡というわけでもなく

この世のこどもの全てが憎いぜえええ!

というわけでもないので

 

あ、はーい

だいじょぶでーす、と気にせず仕事をしていた

 

二人は応接ブースで絵本を読んだり

ゲームをしたり

ちゃんと座っていて大人しかったので

邪魔になることもなかった

 

 

ニ時間ほど経つと、さすがに飽きたのか

娘さんのほうが、私のところまで来て

「こんにちは、たきがわはるかです

お姉ちゃんおなまえなんていうの」と

声をかけられた

 

私は、キリも悪くなかったので

仕事の手を止め

「こんにちは、○本ぬいと申します、よろしくお願いします」と

頭を下げると

デスクにあった、周りにもらったけど

食べずに貯まっていたチョコなどを差し出した

 

「ありがとうー!」と目を輝かせるので

包みを剥いてあげて渡すと

嬉しそうに食べてくれた

 

「ジュースでもいれましょうか」と聞くと

「ふぁんたぐれーぷーーー!」と元気よく返ってきた

 

 

「冷蔵庫にありません、外の自動販売機で買ってきます」と立ち上がると

「はるもいくー」と着いてきたので

主任に「お嬢さんお借りします」と告げて

二人で手を繋いで買い物にでかけた

 

主任は片手に財布を持っている私を見て

慌てて自分の財布を取り出したが

「たまにはいいカッコさせてください」と断った

 

途中、お兄ちゃんが寝そべって

ゲームしている応接ブースを横切るので

「こんにちは、今から妹さんとジュースを買いに行きますが

お兄さんも飲まれますか?」と声をかけると

 

少しモジモジしたあと

「う、ううん…いい…」と背を向けてしまった

ちょっといきなりすぎたのかもしれない

 

 

「はるねー、ファンタかう」

「わかりました、いきましょう」

 

二人ではるちゃんの幼稚園の話をしたり

よいしょぶね、という謎の歌を教えてもらいながら外に出ると

タバコでも吸っていた様子の松本さん(仮名)と出くわした

 

途端にはるちゃんが私の後ろに隠れてしまった

男性は怖いらしい

 

 

「え!ぬいちゃん娘いたの?」

「はい、大学在学中に産みました」

「まじ?かわいいねーおなまえは?」

「…たきがわはるかです」

「滝川さんの子じゃねーかよ」

「何騙されてんですか、私にそんな甲斐性あるわけないじゃないですか」

「そりゃそーだな」

「甲斐性なし扱いされて傷ついたんで

千円ください、はるちゃんのジュースを買いに行きます」

 

松本さんから千円カツアゲに成功し

私たちはすぐ側のファンタがある自販機まで向かう

 

はるちゃんご所望のファンタと

お兄さんのぶんのファンタ

滝川さんのよく飲んでるコーヒーと

ついでに松本さんのも買ってあげた

 

「はるちゃん、これパパに

お仕事がんばってねって言って渡してあげてください、きっと喜びますよ」

と、コーヒーを渡すと

はるちゃんは大喜びでパパのデスクに走った

 

主任は申し訳ないとぺこぺこ頭を下げていたが

デレッデレになって喜んでいた

 

「松本さんの財布を使ったんで問題ありません」と告げ

(松本さんからツッコミが入ったが

コーヒーとおつりを渡してスルーした)

 

お兄さんにも

「お兄さん、ファンタ余っちゃったんで

飲んでくれませんか?」と

ファンタを渡すと

「うん、のむ…」と受け取ってくれたので

仕事を再開したが

五分と経たずにはるちゃんが戻ってきて

「ぬいちゃん、はるのこと好きっていって」

と、膝によじ登ってきた

 

最近の女性は積極的のようだ

 

「はるちゃん、すきです」

「はるもぬいちゃんすき」

 

見事、はるちゃんに気に入られたらしい

私も小さい頃、父に会社に連れて行ってもらって

男性には近寄らず

女性に懐くタイプだったので

はるちゃんとはウマが合うのかもしれない 

 

しかし当時の私は父の会社に行っても

基本的には父のデスクの引き出しの整理に命を掛けて臨んでいて

はるちゃんのように積極的に愛を囁いたりはできなかった

 

私はそのまま膝にはるちゃんを乗せて

雑談しながら一時間ほど仕事していたが

はるちゃんが御手洗に行きたいというので

再び手を繋いで御手洗に向かった

 

さすがに女子トイレは

他の人では連れて行ってあげられない

 

ついでに、と

簡単な化粧直しをしていると

はるちゃんが

「ぬいちゃんくちべにかして」と

ぴょんぴょんしていた

 

女の子だなぁ、と微笑ましく思い

口紅ではなく、色つきのリップを渡すと

かーわーいーー!とキャーキャーはしゃいでいた

 

「パパはるのことかわいいって言うとおもう?」

「言うと思います、とっても可愛いから」

「早くパパにみせたい!」 

「じゃあ戻りましょう」

 

はるちゃんは、走らないでねと言うと

一度で聞き分けてくれる利発な子なので

帰りもちゃんと手を繋いで戻った

 

居室に入ると、なんだか騒がしかった

松本さんはじめとする

男性社員が龍星くんをつかって

「縦社会パンチ」と称し

お互いを攻撃しあっていた

 

はるちゃんが

「男子ってうるさいしばかよね」と鼻で笑った

 

「おっしゃる通り」と私も思った

 

 

 

この後は皆が

「楽しく遊んじゃった仕事やばい」ということに気づき

子供たちも大人しくしてくれていたので

静かな時間が訪れた

 

先程、子供たちのお腹も空いたと言う事で

主任と子供らは一足先に帰ることになったが

はるちゃんが私のところに来て泣きながら 

 

ぬいちゃん…ぬいちゃんのこと忘れないから…!!

はるね、ぬいちゃん大好きだから!

これからもお友達だから!と

ティッシュで作ったお花をくれた

 

ありがとうはるちゃん…

 

お父さんの話によると 

お母さん来週もまだ入院してるから

私たち来週も会えるよ

おばあちゃん来週は来週で用事あるんだって